• 2020/06/25
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CEOが語る 第4回「~バブル崩壊、リーマンショックそして2020年今思うこと④~」

  • 萩原 張広  
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前回のあらすじ リーマンショック編その①


◆マンハッタンの営業マンは飛び込み営業をしているのか?◆
ニューヨークのBtoBマーケティング活動に衝撃を受け、新たなビジネスモデルの開発を決意。
◆晩ご飯を食べていたら、ホリエモン逮捕!明日からどうなるの?◆
当時取引先のライブドアの仕事が喪失し苦しい時期を迎える。その後苦難を乗り越え、コールセンターも新設し、まさにこれからという時期に「サブプライム問題」がアメリカで発生する...

⇒第3回「~バブル崩壊、リーマンショックそして2020年今思うこと③~」はこちらから



リーマンショック編その②


ガラガラのコールセンターで従業員がボール遊び!


リーマンショックの少し前、大手銀行子会社の法人カード獲得アウトバウンド業務を、なかなかの規模で受注していました。四谷に新設したコールセンターには、そのクライアントの専用部分もあったので、開所式にはその会社の社長も出席されました。

きちんとした式典にしようということで、コールセンターの入り口に関係者を集め、テープカットも行いました。その時はまだ、このままよい状態が続くのではと思っていました。しかしリーマンブラザーズの破綻から急に世の中の空気は変わり、あれよあれよという間に「100年に一度の不況」と言われるように。株価ももちろん暴落しています。

そしてこの大手銀行子会社の業務も、クライアントがビジネス自体を撤退することになり、なくなりました。その他にも大手パソコンメーカーや人材ビジネス系の大型案件がありましが、次々と終了していきます。また、当時のメインクライアント層はベンチャー系の企業で30社以上稼働していたと思いますが、これも次々と終了していき、事業自体、場合によっては会社自体がなくなったりしていきました。当然何社かは、回収ができず不良債権にというのもありましたね。

そんなこんなで、新しく開設した四谷のコールセンターの稼働率は1年半ほどで、20%~30%ほどになってしまいました。当時私は新宿本社でなく、四谷のコールセンターにデスクを置いていましたが、コールセンターを覗きにいくと、広くガラーンとしたスペースで、2~3人のアルバイトの子が、のんきにボール遊びをしていました。「これは、もう難しいな!」と思いました。


営業会社からサービス業へ!


ここは腹をくくって、よい意味でちゃんと撤退して、再起をはかろうと思いました。幸いにして、前回のお話にも書いたように、資金調達していたのでキャッシュにはある程度余裕がありました。
具体的には、まずは作ってしまった四谷のコールセンターの撤収ですね。大枚なお金をはたいて作ったコールセンターを2年足らずで撤収するのは断腸の思いでしたが……。

また上場を前提に集まっていた、マネージメントチームの人たちにも別な道を選んでもらいました。幸い彼らは、個人的な能力は高いので行先はありましたし、撤退戦は一人の方がやりやすいなというのもありました。業績不振に陥り、多めに採用していた新卒やマネージャークラスの人材も何人かやめていきました。経営サイドからリストラとかはしなかったので変な感じにはなりませんでしたけど。結果的には、この頃残って頑張ってくれた人材が今のうちの幹部になっていますね。まあ、人生いろいろなので。

ビジネス的には、ベンチャー企業向けに新規の営業活動を行っていたのを一斉にやめました。その代わり当時クライアントになりはじめていた、外資の大手企業等にリソースを集中しました。仕事単位ではたぶん赤字なのですが、ブランド価値の高い企業に対してよい意味で、過剰なサービスを提供して信頼を勝ち取ろうとしました。以前のエムエムは、どんどん新規の会社を獲得していく営業会社的な文化があったのですが、あえてそれを変更して、重要なクライアントに集中して、そこからの顧客満足度を重視し、確実にリピートにつなげる戦略をとりました。時間はかかりましたが、仕事は徐々に増え始め、いまの主要クライアントになっています。また、新規の営業はしていないのですが、徐々に顧客からの紹介が増えてきました。既存クライアントの担当の方が転職して、そこから引き合いがあり、新規のお客様になって業績が上がっていくというサイクルになっていきました。

以前のエムエムのコーポレートカラーは、赤と黒で戦う集団みたいな感じでしたが、それもグリーンとグレーに変えて、陰からクリーンにお客様をサポートするみたいな意味合いで。営業マンの評価の仕組みも業績中心から、顧客満足やリピートなどへと変更していきました。そして文化も変わり、外資大手や日本の大手企業と日常的にお取引できるようになっていきました。3年ほど赤字が続きましたが、ぎりぎり債務超過みたいなところから回復してからは順調に業績は伸び、リーマンショック直後の3倍になりました。


一人で暗い個室に通されて、おどされる!


もう一つ大きな問題は資本政策でしたね。

上場を前提に、いくつかの企業・VCから資金調達していたので。企業では住友商事さんが直接入っていましたし、その他上場企業やVCも5社くらい入っていました。

世の中的には、もうIPOという感じはなくて、ベンチャーキャピタルは廃業みたいな空気でした。うちに出資していたVCや企業も、とにかく出資した株をキャッシュに変えたく、どこも私に買い取りを迫ってきました。ある大手財閥系のVCに呼び出されて訪問してビルに入ると、なんだかうす暗い廊下をずーっと歩かされて、奥の方にある、窓もない部屋に通され
(なんかの本で読んだけど、やくざ屋さんの事務所ってこういう風になっているとか‥‥)
30分以上も待たされたあげく、出てきた担当者に、あることないこと否定されて買い取りを迫られました。なんだかこれも映画の1シーンみたいだなあと思って、脅している担当者の顔を眺めていました。そんなこんなで、出資してくれていたVCや企業の株を私が借金して買い取ることになり、結果的に借金は増えましたが、オーナーシップのほとんどを取り戻すことになりました。

今コロナショックということで、また不況のタイミングが訪れると思いますが、大事なことは、いつも最悪のことを考えて準備すること。そして環境的なピンチをいかに機会に変えられるかだと思います。普通の時にやりにくいことが、やりやすくなる側面もあるので。
日常的に、こう変えたいなと思っていることを思い切って進める機会と捉え、頑張っていきたいと思います。

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■萩原 張広Profile
株式会社エムエム総研代表取締役CEO。株式会社リクルートにて法人営業、営業マネージャーとして7年のキャリアを経て、株式会社エムエム総研を設立。法人営業のコンサルティングサービスを大手IT企業やベンチャー企業に向けて多数提供。1998年、ニューヨークでの視察経験から日本でのBtoBマーケティングの必要性と可能性を感じ、業態をBtoBマーケティングエージェンシーとする。以降、数百件のマーケティングプロジェクトに関わる

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