• 2020/11/13
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【インタビュー】元NHK 雨宮萌果アナ 「アナウンサーとしての独自性を育んだ、ディレクター目線」

  • マーキャリ 編集部
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2011年よりNHKのアナウンサーとして「あさイチ」リポーター、「バナナゼロミュージック」、「紅白歌合戦ウラトーク」などを担当された雨宮萌果さん。NHKを2019年に退職後、サンドウィッチマン所属のグレープカンパニーに移籍しフリーのアナウンサーとしてTVを中心に活躍されています。 今回、雨宮さんがアナウンサーになったきっかけや、現在までのキャリアについてお話を伺ってきました。

テレビっ子からNHKのアナウンサー職に


――まず、アナウンサーを志望したきっかけについて教えてください。


小学4年生の時に、NHKの大阪放送局で職場体験に参加して、そこでニューススタジオのセットの中、カメラの前で原稿を読む経験をさせてもらいました。その時に「あっ、アナウンサーになりたい」と思ったのが大きなきっかけですね。

そこから、ずっとテレビが好きで、テレビと関わりたいと思っていて、大学時代にはアルバイトで日テレの朝の情報番組「ズームインスーパー」、今の「ZIP」の時間帯ですね。そこで羽鳥アナウンサーと西尾アナウンサーの情報番組を手伝うアルバイトをしていました。

その時にテレビのディレクターさんがかっこよく見えて、作り手側への憧れの気持ちがすごく強くなりました。大学3年生の時には、インターンシップでテレ朝の「アメトーーク!」の現場に2週間体験させてもらって、本当にがっつりとディレクターで頑張ろうと思い始めました。そのため就職活動はディレクター志望で行っていましたね。

ですが、小学4年生の時の原体験もあってアナウンサーも気にはなっていました。大学時代に落語研究会、いわゆる落研に入っていて、空間の中で人を楽しませるとか人に何かを伝えることに快感を覚えていたので「話す、表現すること」が自分は好きなのだなと振り返ってみて思いました。

そんなふうに、テレビをつくる仕事に関わりながら表現もできないかと悩んでいる時にNHKのOBさんに相談をしたら、「NHKのアナウンサーだったら、それができるよ」と言われました。そこで「そっか、自分の夢に一番近いのはNHKのアナウンサーだ」と思って、就職活動ではNHKだけアナウンサー試験、他は全部ディレクター職で応募しましたね。

――最終的にはどのように選択されたのでしょうか?

これが本当に不思議なもので、NHKのアナウンサーしか受からなかったんですよ。本当に奇跡的ですね。NHK以外は3次面接ぐらいまでは進みましたがダメでした。そのようなご縁があってNHKに入社しました。

新人アナウンサーとしてのスタートと苦労時代


――NHKのアナウンサーとして就職されてからは、どのようなスタートだったのでしょうか?


NHKの新人アナウンサーは、最初必ず地方に行って、そこで数年経験してから異動になるのですが、当時は縁もゆかりもなかった沖縄への配属で一人暮らしも初めてという所からのスタートでした。もともと、取材に行って話を聞くのが好きで、それを番組にしたいと思っていたので、沖縄に行くのはワクワクしていましたね。1年目は主にラジオやお昼の時間帯で5分間の短いニュースや天気予報をまず経験して、次第にリポートで外に行って撮ってきた素材を自分で編集して、ナレーションを入れて作っていました。

――先ほどおっしゃっていた、ディレクター的な視点や企画をやられていたのですね。

そうです。NHKのOBさんが言っていたことは本当でした。地方局って人数も少ないので自分のやりたい企画も採用されやすかったですね。さまざまな経験を通して、すごく充実していました。沖縄は2年で、そこから福岡放送局に異動になりました。

――場所によって仕事に変化はありますか?

全然違いますね。福岡は苦しんだ時代です。アナウンサーとして原稿をしっかり読むことが何よりも重視される職場でした。もちろんそれがアナウンサーの本流ですけど、沖縄と比べて自由がきかないというか、本当にNHKらしさが求められましたね。技術的にも先輩や視聴者に「あいつはダメだ」と言われてへこんだりした時期でもあって、なかなか苦しみました。

でも、そこでやはりアナウンサーとしての基礎がとても大切なことなのだと学んだ3年間でしたので、なくてはならない時期だったと思います。

――沖縄からだと結構変わりそうですよね、県民性の違いもあって。

そうですね。沖縄では、みんな開放的であったり、おおらかだったりしたのですが、福岡は九州地方のNHKの中でも一番大きな放送局なんです。体制がしっかりしていて厳しくもあります。雰囲気も違うし局によってやり方も違うのだと感じました。

その時に精神的にもつらいなと思って、なかなか声が出づらくなり、メンタルが体に影響していました。それでも周りや先輩からの叱咤激励をいただいたことで、どうにか乗り越えることができました。

充実した「あさイチ」での番組作り



――福岡から東京に異動されて、さらに環境が変わったことでの苦労はありましたか?

それが、めちゃくちゃ楽しかったです。私が担当したのが「あさイチ」という朝の情報番組で、当時は有働由美子アナウンサーとV6の井ノ原さんがメインMCでした。東京は局というよりも番組によって雰囲気が大きく変わりますね。

私はそこでリポーターを担当しましたが、「あさイチ」の場合、毎日生活に密着した情報を届けるので、テーマが決まればディレクターさんと一緒にアナウンサーも取材に行ってインタビューをして自分でも気になるところを調べていきました。自分で納得しながら番組作りに参加してアナウンスメントができるっていう、自分が本当に求めていたものに近い番組でしたので、本当に楽しくて充実していました。

――そうなのですね。アナウンサーの方の仕事の成果は、どういったところになるのでしょうか?

アナウンサーでも、いろんなジャンルがあって、例えば報道やバラエティ、演芸やスポーツの実況などがあって、それぞれ専門性が違うので、その中での成果となると、なかなか分かりにくいですよね。

今思い返すと、演芸番組でサンドウィッチマンのお二人など芸人さんと共演させてもらっていく中で、その場の空気を大切にしたり、間合いを見つけてカットインして進行したりすることが、自分の中では得意だったと思っています。NHKのアナウンサーの場合特に、「進行を何が何でも進めなきゃ」と結構真面目な方が多かったですから。それに関しては、今のフリーになってからも活きているなと感じていますね。

――雨宮さんの個性が活かされていったのですね。

そうだと思います。アナウンサーも志向性によってそれぞれ仕事の仕方が違ってくるので一概には言えないですが、私はちょっと変わっている部類だったと思います。NHKの王道は、ニュースを読んでニュースリーダーとしてニュースキャスターを目指す人たちが多いのですが、私はどちらかというとディレクター志望で、良い番組を届けたいと言いますか、番組に合ったアナウンスメントをしたいと思っていました。

新しい世界を見るためにフリーに転向



――東京で勤務された後、フリーになられたのですよね。どのような経緯だったのでしょうか。

そうですね、東京では3年勤務してフリーになりましたが、結婚が大きいですね。NHKって全国転勤がとても多く、異動の辞令が出たタイミングと結婚する時期がかぶってしまいました。私はもちろんNHKが大好きなんですけど、それと同時に新しい家族の基軸をちゃんと立てながら仕事をしたいという思いがありました。また、もっといろんな世界を見てみたいと思い始めていた時期でもあったので。そのタイミングでフリーになろうと決めました。

――そこから事務所にはすぐに入られたのですね。

そうです。もともとサンドウィッチマンのお二人とラジオ番組で2年間ご一緒させてもらっていたご縁もあり、ライブに行かせてもらって、その時にグレープカンパニーがすごく人間っぽいというか、真心がちゃんと伝わってくる空間だなと思いました。芸人さんだけじゃなくて周りのスタッフさんの行動を見て「ここに、行きたいな」と思ったのがきっかけです。NHKを辞めるタイミングで「グレープカンパニーにちょっと相談してみよう」とすぐに今のマネージャーとお話しさせてもらいました。

――NHKからフリーのアナウンサーとして事務所に入ったことで、大きく変わったことはありますか?

変わったのは時間の使い方ですね。NHKでは、決まった曜日・時間帯に出勤していましたが、今は番組がある時に現場に行くようになりました。最初の半年ぐらいは慣れなかったですね、その時間の使い方に。

あとは、局アナとフリーのアナウンサーとを比べると、局アナだとやはり局側の求めることに忠実にならなければいけないのですが、フリーになるとその場で反射神経も求められますし、臨機応変にできるかが見られているのだなと感じますね。

大切にしているのは「現場の雰囲気とか空気感」


――個人やフリーで働く方だと「自分をどう見せるか」というブランディングの意識があると思うのですが、その点はいかがですか?

元NHKアナウンサーとして、NHKで8年間築き上げたものは基礎力になっていると思いますので、アナウンス力が芯にありつつも、現場の雰囲気とか空気感とかをとても大切に持っておこうとは思っています。

――そのあたりは、大学時代の落研の影響があるのでしょうか?

そうですね、もともとお笑いが好きで、落研も大きく影響していると思います。当時、最大で15ネタぐらい覚えて発表していましたね。

――フリーになられてからは、どのようなことに力を入れていらっしゃいますか?

今は番組で言うと「ゴゴスマ」というお昼の情報番組と、「ウワサのお客さま」というバラエティ番組で、アナウンスメントやアシスタントという立ち位置で、いかにスムーズに、流れの中で情報を出していくかが求められています。ですので、その空気感を壊さずに、滞りなく情報を出すことを大切にしています。

アナウンサーあるあるかもしれないのですが、どうしてもアナウンサーって真面目に脱線しないで進行したがるので、そこを柔らかく届けることや、現場の熱量を下げずにいかに持っていくかを意識しています。

――テレビ以外では、どのような活動をされていますか?

今はテレビだけではなくSNSやYouTubeなど、いろんな媒体がどんどん生まれてきていますよね。それを駆使してブランディングしているアナウンサーやいろんな人たちが出てきている中、自分もYouTubeに動画をアップしています。

去年はコロナの前だったのでイベントも多かったですが、それが今、自粛になっている分、ゆったりとしたペースが保てています。例えばYouTubeの更新ペースも自分で全部決めています。また、企画・編集も自分でしているので、楽しみながらやっていますね。YouTubeでは、テレビに出ている雨宮萌果じゃない部分、「こんな一面もあるんだ」というのを見てほしいなと思っています。

サンドウィッチマンさん、グレープカンパニーとの出会いも「縁」



――少し大きいテーマになりますが、人生で大切にされていることはございますか?

人生で大切にしていることですか……やはり縁は大切にしたいなと思っていますね。今のグレープカンパニーも、縁があったのだと思っています。NHKでサンドウィッチマンさんの番組でご一緒してっていう流れや、いろんな出会いがあったりするので。

――今後の展望についてお聞かせいただけますか。

少しずつですが、世の中の出来事に対して自分がどう感じているのかを言葉にするなり、何か発信することも、臆せずやっていきたいと思っています。NHKのアナウンサー時代は、自分の意見を言うのは良しとはされていなかったので、まだ自分の言葉での発信をためらったりもしますが、世の中と積極的に関わっていきたいと思っています。

――最後にマーキャリ読者へメッセージをいただけますか。

今は個人でいろんな媒体を使って活動できる時代だと思うので、個と個が繋がりやすくなったり、結びつきが強くなったり、どんどんそういった変化を捉えつつ、臆せずいろいろチャレンジすることを大切にしていってもらえればと思います。

■雨宮萌果PROFILE
1986年兵庫県生まれ。法政大学卒業後、NHKに入局。『あさイチ』リポーター、『サンドウィッチマン の天使のつくり笑い』アシスタントなどの番組を担当。2019年に俳優 篠山輝信氏との結婚を機にNHKを退職。サンドウィッチマンの所属するグレープカンパニーに移籍しフリーアナウンサーに転身。レギュラー番組に『ゴゴスマ』、『ウワサのお客さま』がある。

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