SaaS企業の資金調達シリーズ~転職前に知っておくべき基礎知識を解説~

SaaS企業の資金調達シリーズ~転職前に知っておくべき基礎知識を解説~

目次

成長がめざましいSaaS業界では、企業がどの事業ステージかによって、得られる成長機会やキャリパスも変化するため、転職活動の仕事選びにおいて非常に重要なポイントになります。本特集の第1回目では投資家の視点から企業の資金調達と成長ステージを解説し、5つの注目企業を取り上げます。

※ 記事内の情報は2023年7月時点に調査したものです。

1.成長を遂げるSaaS業界の現状

SaaS企業のスタートアップは成長ステージによって異なり、さらに将来大きく変わる可能性を秘めています。

成長ステージを見極めるには、投資家の視点が役立ちます。投資家は市場全体を俯瞰し、さまざまなフレームワークやビジネスモデルの知識を持っているためです。

まず基礎知識として、(1)国内SaaS市場の現状と、(2)SaaS企業の成長モデルとして有名な「T2D3」を解説します。

1-1. 2025年の国内SaaS市場は1.2兆円規模に

株式会社富士キメラ総研の『ソフトウェアビジネス新市場 2022年版』では、SaaS市場の国内における市場規模は2022年に1兆円に達し、2023年には1.2兆円に到達すると見込んでいます。2年前の予測と比べて、17.2パーセント上方修正されました。

独立系ベンチャーキャピタルのOne Capital株式会社は、ガートナーの調査から日本国内のIT市場規模が27.2兆円であり、米国ではIT支出のSaaS市場が約15パーセントであることを踏まえて、次のように推測しています。

もし国内SaaS市場が米国と同水準に拡大した場合、同市場規模は現在の3.7倍にあたる4兆円にまで拡大する可能性があります。
出典:https://onecapital.jp/perspectives/japan-saas-insights-2023

1-2. SaaS企業の成長指標「T2D3」

「T2D3」イメージ

SaaS企業の成長スピードの指標としてよく知られているのが「T2D3」です。

T2D3は、ARR (Annual Recurring Revenue:年次経常収益)が毎年、Triple(3倍)、Triple(3倍)、Double(2倍)、Double(2倍)Double(2倍)に成長することをいいます。トリプル2回、ダブル3回といった飛躍的な成長により、5年間で72倍になります。驚くべき成長のスピードです。ベンチャーキャピタリストのNeeraj Agrawal氏が2015年にTech Crunchに投稿して広まりました。

5年間で72倍に拡大するSaaS企業だけに、創業当初とはまったく違う企業になる可能性が高いといえるでしょう。企業の成長ステージによって、事業戦略や社内風土は大きく変わります。国内ではSansanやSmartHRがT2D3を達成したと言われていて、ワンルームマンションからスタートしたSmartHRの歩みを見るだけでもその変化を感じることができます。

転職にあたっては、上記のとおり自分の志望するスタートアップが数年後にはまったく違う企業に変わっている可能性を理解しておく必要があります

2. 投資ラウンドと資金調達の基礎知識

それでは、SaaS市場と事業成長の基礎知識を踏まえて、投資家の視点を学んでいきましょう。

まず、SaaS企業の成長段階を判断する視点として「投資ラウンド」の知識を持つことをおすすめします。投資ラウンドとは、投資家がスタートアップに対して投資を行う各フェーズです。さまざまな考え方があり、ここでは、以下の5つに分けて概要を解説します(投資ラウンドともに括弧でスタートアップでよく使われる成長ステージも記載しています)。

投資ラウンドを理解しておくことにより、面接官が話している背景の理解が深まります。また、最終面接で経営者や役員と話す場合にも、より高度な対話ができます。

入社後のギャップに悩まないようにするためにも、自分の志望先企業がどの段階にあるのか考えながら読んでみるとよいでしょう。

(投資ラウンド、成長ステージの分け方や調達金額、社員数の目安は諸説あり、業界業種によって違いもあるため、あくまで参考程度にこちらはご確認ください)

成長ステージのイメージ

2-1.エンジェル

会社創業時で、事業のアイデアだけがある段階です。資金調達はサービスのプロトタイプの開発や人材確保のために行います。社員は1~2人程度であり、不確定な状態です。社長とエンジニアの二人三脚で経営している場合もあります。資金調達額は数百万~数千万円程度です。企業によっては創業者の貯蓄、家族からの出資で会社を立ち上げることも多く、そのほかはエンジェルと呼ばれる個人投資家やインキュベーターによる投資です。

2-2.シード

法人を設立し、大枠のビジネスモデルと方向性が定まった段階です。提供するSaaSはベータ版やプロトタイプとして完成しつつあります。具体的な内容や販売方法は決まっていないことがあり、リリースに向けた準備のステージといえるでしょう。社員は創業メンバーが中心で、5名ほどの規模になります。資金調達額は、数千万円~数億円程度です。個人投資家のほか、ベンチャーキャピタルから調達している状態です。

2-3.シリーズA(アーリー)

このステージになると提供するSaaSのサービスが、正式にリリースされ拡大を目指す時期です。いわゆるPMF(Product-Market Fit:自社の製品やサービスが市場に適合している状態)が達成された状態で、売上を拡大するために設備投資、人材採用、マーケティング費用などが必要になります。SaaS企業ではオンボーディングやカスタマーサクセスの部門を設置した上で、収益性の向上に注力し始めます。社員は20人ほどです。資金調達額は数億円~十数億円程度であり、ベンチャーキャピタルを中心に資金を集めます。

PMFについては下記の記事で解説していますので、ぜひご覧ください。

2-4.シリーズB(ミドル)

提供しているサービスが顧客や市場に評価され、ビジネスが軌道に乗ってきた段階です。新規ユーザーの獲得、売上増加を目指すだけでなく、上場やM&Aが視野に入り、そのために黒字化が求められます。社員は30名ほどの規模です。新規顧客の開拓、販売促進、優秀な人材の確保、顧客体験の向上、製品・サービスの改良などのため必要な資金は多くなり、資金調達額は数億円~数十億円程度で、資金調達先はベンチャーキャピタルのほか事業会社になります。

2-5.シリーズC以降(レイター)

黒字経営が安定し、上場やM&Aといったイグジット目前の段階です。事業の多角化をねらい、新規事業開発やグローバルな展開のために資金調達を行います。事業拡大にしたがって、優秀な人材の採用、管理やバックオフィスのコーポレート部門の強化が必要になります。社員は50名以上の規模に拡大し、資金調達額は数十億円程度~数百億円程度に渡るケースがほとんどです。

3. ベンチャーキャピタルは成長企業のどこを見ている?

ベンチャーキャピタルは成長企業のどこを見ている

スタートアップに投資するベンチャーキャピタル(VC)は、成長段階を見極めて投資の価値を判断しなければなりません。というのは投資に失敗すれば、損をするのは自分たちだからです。

転職活動も、いわば自分の将来に対する投資といえます。したがって投資家の厳しい視点を活用するとよいでしょう。ワンランク上の転職をするためには、経営者や投資家などのビジネスを俯瞰する視野を獲得すべきです

たとえば創業間もない時期の企業、成長が安定している時期の企業について、VCは以下のような視点からチェックをしています。

3-1.創業間もない企業は創業メンバーと市場の将来性をチェック

創業間もない企業では、VCは何よりも経営者に注目します。ミッションやビジョンを熱く語り、冷静なビジネス思考を持ち、徹底して結果を出そうとする経営者が有望です。創業メンバーは人柄を含めて人間性を評価することが多いようです。

優秀なエンジニアがスタッフにいること、内製化されていることもSaaS企業の有望性を判断するポイントになります。

また、フォーカスしている業界やサービスが明確であり、その市場自体に将来性があるかをチェックします。バーティカルSaaSの企業では特に重要になります。

3-2.成長安定期の企業はサービスと顧客をチェック

レイターステージ(シリーズCなど)の成長安定期に入った企業の場合は、創業者というよりサービスと顧客に注目します

まずサービスに関しては、売上品目の比率に注目します。コンサルティングに依存するのではなく、ターゲットを明確に定めて、サービス自体のサブスクリプションで実績を上げていることが重要です

顧客に関しては、ユーザー数の推移が鈍化している場合は注意が必要です。調査会社による満足度調査の結果、コーポレートサイトに掲載されている事例をチェックします。サービスの改善が滞ると解約率が高まり、顧客のサービス離れを招きます。常に顧客のために改善を続けている企業が理想です

One Capital代表・浅田慎二氏とマーキャリNEXT CAREERのキャリアアドバイザー河村との下記対談(【営業必見】キャリアも“SaaSシフト”の時代が来た。)における、浅田氏によるVCから見た「伸びるSaaSスタートアップの10カ条」もぜひ参考にご覧ください。

4.資金調達から5つのSaaS企業をピックアップ

続いて、大規模な資金調達を実現した5つのSaaS企業を取り上げます。資金調達とともにミッションや資金の用途をピックアップすることで、なぜ採用を拡大しているのか分かります。

4-1. 株式会社カミナシ

株式会社カミナシ
出典:https://kaminashi.jp/

「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」をミッションとして、現場DXプラットフォーム『カミナシ』を提供しています。2023年3月にミドルステージ(シリーズB)の資金調達として、第三者割当増資と融資により約30億円の資金調達を実現しました。資金調達額の累計は約44億円です

調達した資金の用途は「まるごと現場DX構想」のプロダクト開発として、IoTやAIのテクノロジーに積極的に投資を予定しています。また、エンジニア、プロダクトマネジメント職、デザイナーなどの採用と組織体制を強化します。2023年中に、現在の約20名から約50名へと2倍にプロダクト職の人員を拡大する予定と発表しています。

Webサイト:https://corp.kaminashi.jp/

4-2. 株式会社LayerX

株式会社LayerX
出典:https://layerx.co.jp/business

SaaS+Fintechスタートアップ企業であり、ミッションは「すべての経済活動を、デジタル化する。」を掲げています。支出管理サービス「バクラク」は、サービス開始から2年で導入社数3000社を突破しました。その他、プライバシー保護技術「Anonify」などの開発と運用を行っています。

2023年2月にシリーズAにおいて、約55億円の資金調達を行いました。資金の用途は、開発・セールス・マーケティングの展開のためであり、新たなプロダクト開発にも積極的に取り組むことを表明しています。

Webサイト:https://layerx.co.jp/

4-3. 株式会社SmartHR

株式会社SmartHR
出典:https://smarthr.jp/

2015年からクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を提供、2020年11月には登録企業数は30,000社を超えました

2021年、シリーズDにおいて、第三者割当増資・新株予約権付社債により合計約156億円の資金を調達しました。既存投資家のほか、社名非公開の世界最大級の機関投資家を含む新規投資家による、グローバルな資金調達を実現しています。資金の用途として、採用強化やマーケティング活動を中心に、人材基盤の形成、サービス認知の向上を目指した広告展開、カンファレンス主催などを挙げています。

Webサイト:https://smarthr.co.jp/

4-4. 株式会社タイミー

株式会社タイミー
出典:https://corp.timee.co.jp/service/

スキマバイトサービス「タイミー」を提供しています。ミッションは「『働く』を通じて人生の可能性を広げるインフラをつくる」です。

2022年11月に事業拡大にともなう運転資金として、大手銀行からの借り入れによる総額183億円の資金を調達しました。直近の事業拡大の財務実績や将来性など信用力を評価により、無担保・無保証・希薄化なし、金利はAll-in costで年利1.0%未満と、調達条件とコストを抑えて資金調達額の最大化を実現しています。

サービス開始4年で累計273億円の資金を調達し、事業拡大にともなう採用活動の強化を行いました。

Webサイト:https://corp.timee.co.jp/

5. 企業の成長ステージとエントリー企業の選び方

企業の成長ステージイメージ

最後に、企業と自分の成長を軸として、どのステージのSaaS企業を選ぶべきかヒントを紹介します。ステージによって自身の成長環境が大きく異なるため、転職時には自身の希望とギャップがないかを整理しておくことが重要です。

5-1. やりがいを選ぶなら、「創業~シード」のステージ

転職で自分の実力で挑戦してみたい人、やりがいを求める人は、創業からシードのステージにあるスタートアップに適性があります。

少人数のメンバーで会社を支えているため、自分の実力が会社の業績に反映されやすいことが特長です。創業メンバーとして実力を発揮できます。ただし、実力不足であれば戦力外としてみなされるリスクもあります。創業者や創業メンバーとの相性も考慮が必要です。

5-2. 安定を選ぶなら、「ミドル」ステージ以降

ミドルステージ以降のSaaS企業は知名度があり、黒字経営の企業も多く安定しています。

変化に不安があり、確立したビジネスモデルの中で自分の能力を発揮したいのであれば、安定期のSaaS企業がおすすめです。社員数が多く組織が整い、教育体制も充実しています。ただし、逆にベンチャースピリッツに欠けることがあります。大企業病のようなどんよりした社風がある場合には、注意が必要です。

5-3. 変化を求めるなら、「創業」または「レイター」ステージ

SaaS企業のスタートアップが大きく変化するときには、2つのステージが考えられます。ひとつは事業の方向性が定まっていない創業時期であり、もうひとつは上場やM&Aを実現するレイターステージです。

ビジネスや先端技術、起業に関心がある人にとっては、日々が変化の連続のような創業期の企業は魅力といえるでしょう。一方、上場などを通じて企業の変化を体験したいのであれば、レイターステージの企業への転職は貴重な体験になります。

企業の成長フェーズによる企業選びについては、マーキャリNEXT CAREERのキャリアアドバイザー河村が解説した動画も参考にぜひご覧ください。


6. まとめ

人間の成長と同じように企業も成長して変化します。5年で72倍に収益が拡大する成長モデルがあるSaaS業界のスタートアップ企業は、ステージによっては別の企業と言えるほど、環境が変わってしまうことがあります。「こんなはずじゃなかった」と後悔しないようにすべきです。

転職をお考えの方で、SaaS企業の各社の成長ステージや、採用状況、カルチャーなどを知りたい方は、ぜひSaaS/IT特化の転職エージェントマーキャリNEXT CAREERにご相談ください。


マーキャリ 編集部

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