• 2020/04/02
  • 連載企画
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営業、経理、フリーランスデザイナー 独立するまでの軌跡【キャリアチェンジ体験記】

  • マーキャリ会員  
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【キャリアチェンジ体験記とは】
働き方改革が施行されたことにより、会社の体制や制度が変わったなんて人も多いと思います。企業も個人も今まで以上にビジネスマンのキャリア展望に目が向けられている中、マーキャリ会員によるキャリアチェンジに伴った体験談をシリーズものとして連載していくのが本企画です。

今まさに自身の今後のビジネスライフに向けて働き方を変える動きをしている方もまだキャリアプランが漠然としている方も参考になる内容になっておりますので是非ご覧ください。

今回の記事投稿者incloudさん
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初めまして、インクラウドの稲川と申します。2018年4月にフリーランスとして独立し、デザイナーとして生計を立てています。フリーランスというと若い世代の話のように聞こえるかもしれませんが、私は39歳という年齢で独立しました。

それまでは、全く違う職種でサラリーマンをしていました。最近、多くの知人から独立までの経緯やノウハウを聞かれることが多くなってきたため文章として残しておこうと思いました。

同じような年代や境遇でこれから独立を考えている人が、これを読んで何かを得るものがあれば幸いです。

とりあえず就職できれば…という就職氷河期

私が大学を卒業した時期は、いわゆる就職氷河期でした。とにかく会社に就職して、社会で生きていくことをしなければならないということだけを考えていました。今となっては愚かなことですが、自分の適性ややりたいこと、人生に対してしっかりとした目標設計ができていなかったように思います。

サラリーマンとして営業職を経験

幸い、少し名の知られたスクールの社員として採用されました。「総合職」という肩書きでしたが、総合職というのは基本的に営業職のことを指していた時代でした。

そこでのスクールの営業というのは、基本的に朝から晩まで電話をしまくる仕事でした。顧客となる人を掘り起こし、資料を送り何とか来校促進をしていきます。いわゆるテレアポの仕事です。

テレアポに成功したら、次は顧客に来校してもらい面談といわれるクロージングを行います。スクールに入校するというのはある程度まとまったお金がかかるものですが、営業マンは基本的に即決してもらうのが仕事という指導を受けていました。

日々、その月のノルマを達成するために電話の営業トークのインプット、アウトプットを繰り返します。個人にもチームとしても目標となる数字が与えられ、営業所の成績表にその経過がシールで貼り出されました。

数字がうまくいかない月は上司に呼び出しを受け、同僚と比較されてしまいます。個人で数字を達成したとしても、チーム目標が達成できていないと雰囲気的に休むこともできません。結局休日出勤、残業代もほとんど無しで残業するというのが当たり前という日常に消耗していきました。

仕事は何のためにやるもの?

それでも数年は耐えました。そんな状況で辞めなかったのはほとんどが見栄だったような気がします。「自分は何のために仕事をしているんだ?」ということを考えることすら疲れ果ててできない状況だったのかもしれません。いわゆる思考停止状態です。

それでも自分が現場にいた頃は何とか頑張ったのですが、今度は中間管理職となり部下ができることからその心境に変化が出てきました。

それは、自分が納得できていない仕事を上司として新人の部下にさせなければならないということに直面するということでした。そこまでメンタルの強くない私は、退社を決意し地元に帰ることにしました。


経理、人事、マネジメントという仕事

その後地元に戻り、大学の非常勤職員として働きながら人生をどのように再設計するのかを検討し始めました。大学での仕事は給料こそ高くないものの、ある程度のやりがいもあり落ち着いていました。しかし、非常勤職員として働くのでは将来も見えませんしいつ契約が終了するのかも不明です。そのため、再就職を検討しました。

地元ベンチャー企業への転職

とあることがきっかけで地元のベンチャー企業に再就職することになりました。そこでの最初の仕事は施設の運営管理を行う現場の仕事でした。
そのベンチャー企業の社長は当時の自分より年下でしたが、非常に明晰な頭脳があり働くことにやりがいも感じていました。そんな中、転機が訪れたのです。

経理と経営、マネジメント職を経験

少し会社でトラブルがあり、経理担当が退社することになり私が後任をすることになりました。経理は全くの未経験でしたが何とかなるという自信がありました。

しかし、これが全く私に向かない分野の仕事でした。今になって反省しているのですが、当時は会社のお金の流れや経営のことが何1つ理解できていなかったのです。

昨年のデータを見ながら経理業務を見よう見まねやってみるのですが、これが果たして正解なのか常に不安がありました。会計事務所の担当者もいるのですが、いわゆる何を聞いていいのかわからない状況でした。

ベンチャー企業ですので、十分な人員が確保されているわけではありません。労務管理、新人指導、経理、マネジメントを全てこなす必要があります。それでも何とか2年ほどは業務を行いましたがこれを続けることにメリットは感じませんでした。そこで独立を考えるようになります。

未経験でデザイナーとして独立

ベンチャー企業で経理や経営を少し経験できたので、個人事業で働くというスタイルがあるのだと認識することができました。そこで以前からやってみたいと思っていたデザイナーになるということを決断しました。根拠も経験もない39歳からのスタートでした。

未経験でデザイナーとして独立してみました

ほんの少しの貯金で安い事務所を借り、中古のパソコンとソファを運び入れました。2018年4月、40歳を目前に私はフリーランスとして独立したのです。

独立したといっても仕事が全くありません。それどころか、人脈もなく知識もありません。今になってよく独立できたと振り返れば思うのですが気分だけは前向きでした。

一先ず、クラウドソーシングサイトである「ランサーズ」に登録することにしました。何の迷いもなく「デザイナー」として、です。何も知らないというのはある意味で幸せなことです。

未経験でもデザインコンペでスキルを磨く

「ランサーズ」にはデザインコンペというものがあります。これはクライアントが多くのデザイナーからチラシやパンフレットのデザインを公募するというものです。1つの案件に対して10~20ほどのデザイナーが参加し、選ばれるのはただ1つだけです。そこで選ばれなければ報酬は0円となります。

それでも私には時間という財産がありました。何とか時間をかけて多くのデザインコンペに参加しました。それまで全くのド素人であったために学ぶものは非常に多く、他のデザイナーのスキルややり方をスポンジのように吸収していきました。

他に稼ぐという手段を知らなかった私はデザインコンペに成果を上げることに日々を費やしました。やがて半年もするとすこしずつそのコンペで当選できるようになりました。他の人とは違い、後が無いため成長も早かったのだと思います。

フリーランスデザイナーとして生計を立てる

やがて、コンペに当選いただいたクライアントから違うデザインを「君にお願いしたい」と個人で仕事を発注いただけるようになりました。また、コンペの履歴を見て全く初めての企業からの依頼も増えました。

最初はチラシデザインだけでしたが、様々な企業から名刺、カタログ、Web、ロゴなどの依頼をもらうようになりました。

「これできます?」と聞かれ、とりあえず「できます!」と答えて必死に考える、というスタンスで仕事をやってきました。その結果、仕事の領域が徐々に拡大していきます。失敗ももちろんありますが、真摯に対応して何とかやっています。

まとめ

現在では、フリーランスデザイナーとしてサラリーマン時代の年収を超えるまでになりました。自分のスキルや仕事でクライアントから評価してもらえるというのはサラリーマン時代にはない喜びです。また、自分の仕事にやりがいや自信を持てるようになったのも非常に大きな違いでしょう。

日本でもフリーランスとして独立する人が増えています。成功の秘訣は「何も知らない」ことと「やってみる」ことだと思います。あなたが独立を考えるのであれば、ぜひ勇気を持って飛び込んでみてください。

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