• 2020/06/24
  • 連載企画
  • キャリアチェンジ体験記

起業してからの道。地域が変わればビジネスプロセスも変わる【キャリアチェンジ体験記】

  • マーキャリ会員  
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【キャリアチェンジ体験記とは】
働き方改革が施行されたことにより、会社の体制や制度が変わったなんて人も多いと思います。企業も個人も今まで以上にビジネスマンのキャリア展望に目が向けられている中、マーキャリ会員によるキャリアチェンジに伴った体験談をシリーズものとして連載していくのが本企画です。

今まさに自身の今後のビジネスライフに向けて働き方を変える動きをしている方もまだキャリアプランが漠然としている方も参考になる内容になっておりますので是非ご覧ください。

今回の記事投稿者:河崎貴博さん
⇒河崎貴博さんのバイオグラフィはこちらをクリック

現在、私は兵庫県にてカイロプラクティックという整体の整体院を営む個人事業主である。創業から8年が経過し、売上は2000万円まで伸びており、法人化する動きとなっている。

学生時代に迎えた転機

幼い頃から、将来は起業をして会社を作ってみたいと思っていた。中学生から大学生までバレーボール部に打ち込む日々を過ごした。某国公立大学の体育学科に所属していた中で教員試験を受ける同学年の生徒が3〜4割、通常の企業に就職するために就活スーツを身にまとい、就職活動をする生徒が3〜4割いて、それが大部分を占めていた。残りは大学院に進学をする生徒やプロのスポーツ選手になる生徒が1〜2割ほどいた。

起業を目指す人がいないわけではなかったが、多く見積もっても私の同学年の生徒の中で起業を目指していた生徒は同学年生300人中5人くらいだと思う。私の起業をしたいという思いは不安しか生まなかったことを覚えている。

どんなことで起業しようと考えても思いつかない。周りからは何をして起業をするの?と聞かれても答えられないもどかしさがあった。大学4年生になり、周りは就職活動や教員免許試験など進路を決めて進んでいるのに自分は悩んでばかりだった。

そんな時に、うちの兄から資格を取ってみないかと誘いがあった。兄は私より4歳上にあたり、大学を中退して、地元でカイロプラクティックで開業をしていた。兄が大学を中退したのには理由があった。兄は広島県の工学部のある大学に進学をしたが、当時は目の痛みがひどく学業も、ままならない状態だった。そんな時にカイロプラクティックの施術を受け、目の痛みが改善したことからカイロプラクティックの凄さを知り、資格を取った(カイロプラクティックはあくまで民間資格である)。

その経緯を知っていたので、私自身も一度勉強をしてみたいと思った。ただ、あくまで当時は職業にするつもりで資格取得のセミナーを受けたわけではなかった。実際、セミナーを受け資格を取った後、すぐにカイロプラクティックを職業にするとは考えなかった。

起業を決心した3つの理由

資格取得から9年、開業から8年が過ぎた。カイロプラクティックとの出会いは私に健康体をもたらし、収入も増えてきた。資格取得から開業することを決意できた理由は今考えると3つある。

1つ目は兄がカイロプラクティックで開業をしていたからである。兄の背中を見て真似できるのは安心できた。

2つ目は自分の身体が悪かったことがあった。高校生の時に部活動で足首を大ケガしたことで手術を受けたが、そこから身体に不調が増えた。腰が痛くなり授業では1時間も座っていられないくらいだった。しばらくすると腰痛だけでは済まず、股関節まで痛み始めた。大学では体育科だった為、授業で学んだことを活かして自分の身体を良くしようとしたが良くならず、悩んでいた。だからこそ、カイロプラクティックで自分の身体を良くできるのではないかと考えた。自分の身体が良くなれば、カイロプラクティックの仕事にも経験として活かせると思ったことが決意できた理由だった。

そして、3つ目は母からの電話だった。大学4年生の夏、母親から電話が鳴った。「お父さんの調子が悪くて、いつ動けなくなるか分からないし、地元の方へ戻ってきてくれたら安心できる」と。その頃、私の父親は難病を患い自宅で療養をしていた。その時、私は地元に帰ると迷わずに返事ができた。自分の気持ちだけでなく、周りの環境が地元へ帰ってカイロプラクティックで起業することを後押ししてくれたことで決意をすることができた。このようにして、私は偶然が重なるようにカイロプラクティックの仕事へ導かれることになった。

開業をしてからのプロセス

開業にかかった費用は約30万円ほどだった。というのも、兄が賃貸で使っているテナントを間借りして事業を始めたからである。どんなことに費用がかかったかというと、施術に使うマットや名刺やチラシ、ユニフォーム一式などに費やした。学生を卒業してすぐに開業をする身としては低資金で始められるとあって非常に助かった。

技術の練習もしなくてはならないので、開業間もない頃は兄に付きっきりで勉強をしながら、空いた時間には集客の計画を立てたり、実際に友人や昔の知り合いなどに施術の予約を取れるように連絡をしていった。数ヶ月は夜中にコンビニでアルバイトをして生活費を稼いだ。

仕事が軌道に乗ったのは近所の喫茶店にコーヒーを飲みに行くようになってからだった。喫茶店の店主(60代のおばちゃん)が施術を受けてくれたのをきっかけに、私としても更に喫茶店に行くようになった。喫茶店のお客様をご紹介いただけたことで、他の飲食店にも出入りして紹介をもらえるように動いていった。結果、初年度でいうと開業から7ヶ月で月収50万円を達成しました。

売り上げが倍増したのは2店舗目を出してからだった。私の開業をした地元は人口が2万人いない地域である。これくらいの街だとインターネットによる集客はしづらいと考え、喫茶店に営業へ行ったのは口コミを生むのに良かったと言える。

地域を変えて2店舗目へ。ビジネスプロセスの変更

2店舗目は人口が10万人ほどの街に出した。これくらいの街だと大型のモールや生活用品店、洋服屋さんなど一つの市で生活が完結していると考えられた。そこで、インターネットを利用してホームページにSEO対策を施すことにした。始めのうちは写真は携帯で撮ったものを使用していたが、約40万円をかけて写真撮影、動画作成をしてくれる業者に依頼。その素材を使ってホームページを改良したところ、集客が一度に加速した。約半年ほどで月収は30万円〜40万円増え、月収は80万円〜90万円となった。

地域によって店舗の集客の仕方が大きく変わることを実感することができた。現在はグーグルマップやインスタグラムを活用して集客をしていく動きを始めている。世の中や地域の動向に合わせて集客を変えていくことが重要かと思われる。刻々と変わる状況はもちろん不安もあるが、挑戦することは楽しい。

まとめ

約8年間の間に、一緒に仕事をする仲間も増えた。みんな個人事業主だが協力して活動することもある。自営業者同士が協力し合うなんて一風変わったように思えるだろう。個人事業の場合、新たなノウハウや情報を取りにいこうと思うと、授業料を支払って勉強に行くことも多いが、私たちのカイロプラクティックの会ではカイロプラクティックの普及活動も行なっている。新しく資格を取得して事業を始める人を広く募集している。整体業界の集客はチラシを折り込んだり口コミが多い中、私たちは仲間で協力をし合って体験の施術を受けられるイベントを開催し、そこから集客をすることもある。また、勉強会において情報交換をしたり、技術の訓練もしやすい環境を作っている。

仕事において収入を得ることは一番の目的であるが、誰と働くかもとても大事だと思っている。私は仲間が困っていたら助けるし、逆に助けてもらうことの方が多いくらいだ。仕事というと月給や時間給が多いが、収入が安定してきた私は今はもう誰と働けるのかというところにシフトしている。学生から開業する時には想像もしなかった今がある。兄が先にカイロプラクティックを仕事にしていたこと、自分が怪我をして身体が悪かったこと、父親の体調が悪くなったこと、私が導かれるように始めたカイロプラクティック事業を今後も発展させていき、一緒に働く仲間や私の家族みんなで今よりも豊かになっていきたい。

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