平時と有事のリーダーシップ
~思考と判断と行動~
⇒第26回「ロマンチズムとリアリティ ~新しいビジネスを軌道に乗せる~」はこちらから
個人的には、思考・判断のリーダーシップと行動のリーダーシップの2つがあるような気がしています。
『7つの習慣』に出てくる、森の中で高い木の一番上に登って、「俺たちはあっちに行くんだぞ!」と、言っている人がリーダーで、森の中で、遠くはよく見えないんだけど、目の前の木を伐採して道をつくる人を励ましたり、伐採する技術を訓練したりする人がマネージメントと言う記述が、解りやすくて頭に残っていますね。
もちろんマネージメントは大切なのですが、木の上にいる人が遠くを見誤って、結果的にそこに行っても何の価値も生まないところを目指していたら、マネージメントとそれに従った人たちがどんなに懸命に頑張っても、幸せにはなれない所に辿り着くだけですから。
そういう意味では、リーダーシップって、まずは情報収集して思考して判断して、
どこに向かうのか?
どうあるべきなのか?
誰のためにあるのか?
と言う本質的な事を決める事だと思います。
これが最上位概念かな。
でも現実的には、この次の段階とも言える
誰と行くのか?
おおむねどの道を行くのか?
何を使って行くのか?
まで明確にしないと、多くの人は動けない場合が多いのかとも思います。逆にここを考え判断して動ける人が優秀なマネージャーですね。
一方行動のリーダーシップと言うのは、こっちの方が一般の人から見えやすいので、あの人はリーダーシップを発揮したと言われやすい。行動のリーダーシップの多くは有事(不確実性が高くみんなにとっての危機的な状況。または良い意味で何か変化が起きそうな時)の時に発揮される場面が多いですね。
例えば、自らがリスクを取りに行く。人が一番いやな事、苦しそうな事を率先してやる
チャンスの時にいちはやく動く。みんながまだ不安な状態の時に結果を出す。一方平時で、方針や方向性が明確でうまく進んでいて、なんか平和な時って、リーダーシップってどうなんだろうと思います。(必要なのか?)
平時でも、本当は何か問題がありそうな時は、
あえて、くさいものの蓋を開ける。パンドラの箱に手を出す。
みんなが知らない情報を共有して危機感を共有する。
このままいくといつか来る残念な未来を想像し、よい意味での危機感を皆と共有する。
ここらへんの見極めが一番難しいところです。
本当に特に問題ない時は、リーダーは何もしない方がよいとも思います。マネージメント中心の動きでよい。まあこれは保守という考え方ですが。そういう時は、リーダータイプの人は、未来を見る準備をして備えるとか。もっと高い目標を発見しにいく。別にリーダーシップが必要な環境に移る。鋭気を養うべく遊んでいる。その方がよい場合も多い。歴史上の偉大な人って、自分で選んでそうなっているかは別にして、そういう人多いですよね。西郷隆盛、吉田茂など。世の中や組織に必要とされている時に発揮されてこそ、リーダーシップは意味があると思います。
でも自分の為にリーダーシップを発揮したく、リーダーになりたがる人もいます。そういう人は、自分がリーダーシップを発揮する事が目的になって、あえて問題を起こす、問題定義する、で組織を混乱させて自分が活躍する場を作ろうとする。みたいな事もありますね。
思考や判断としてのリーダーシップより、行動としてみんなに認められやすいリーダーシップをとろうとします。
個人的な野心と世の中や組織のニーズが一致している時に、リーダーは生まれるのだと思います。今はそんな時かもですね。
■萩原 張広 Profile
株式会社エムエム総研代表取締役CEO。株式会社リクルートにて法人営業、営業マネージャーとして7年のキャリアを経て、株式会社エムエム総研を設立。法人営業のコンサルティングサービスを大手IT企業やベンチャー企業に向けて多数提供。1998年、ニューヨークでの視察経験から日本でのBtoBマーケティングの必要性と可能性を感じ、業態をBtoBマーケティングエージェンシーとする。以降、数百件のマーケティングプロジェクトに関わる。