【新企画】
マーキャリの新機能キャリアアーカイブβ版リリースに伴い、マーキャリ運営元であるエムエム総研の社内メンバーへのインタビューとしてはじまった本企画。今回は、『女性の起業・売上づくりコンサルタント』雲丹亀さんにお話をうかがってきました。【キャリアアーカイブとは】
社会人のキャリアの集合体としてWikipediaなどフリー辞典のように誰でも登録せずに閲覧することが出来るこれまでにないキャリアデザイン及びセルフブランディング特化型プラットフォームです。⇒キャリアアーカイブを閲覧するにはこちらをクリック
【今回のインタビュイー】
雲丹亀 真穂さん⇒雲丹亀 真穂さんのバイオグラフィはこちらをクリック
――現在の仕事内容について教えてください。
2016年9月から、『女性の起業・売上づくりコンサルタント』という肩書きで、主に女性の開業と独立起業をサポートするお仕事をしています。コンサルティングの対象は、開業準備中で、これから起業スタートアップしたいと考えている人と、事業がなかなか軌道に乗らない、売り上げが上がらないと悩んでいる人の、主に2パターンです。
――具体的にはどのようなコンサルタントをしているのでしょうか。
20代~60代の方まで、幅広い年齢層のクライアントに対し、1対1の起業コンサルティングを行っています。お客様は9割が女性、毎月20名~30名の方と関わらせていただき、職種も様々です。会社員のかたわら起業準備をしている方もいます。
2020年からは、品川区の武蔵小山創業支援センターで起業の専門アドバイザーとしても、ご相談を受けています。
開業準備中の方に対してはまず事業計画作成や、売り上げ計画づくりを。開業済みの方には、より具体的な施策として、テストマーケティング用の企画づくりや、販路開拓法、営業法についてアドバイスします。つまり、個人の起業に関する何でも屋です(笑)
具体的なアドバイス内容としては、どのようにしてゼロからお客様を集めていくか、いかにして商品の需要を知るために、事前のマーケティングリサーチを行うか、など。そのヒアリングをもとに、将来的に売り上げたい数字を見立て、販売計画に乗せていく支援をしています。
クライアントの多くが、まずは会社員と同じくらいの給料を作りたいと考えています。そして、私自身の位置づけは「個人で年収650万円を目指すコンサルティング・サポート」です。年収650万というと、大体月40万~70万円ぐらいを売り上げるイメージ。それから税金や諸々の経費がかかるので、最終的には手元に30~40万円残せることが理想です。
もちろん一足飛びには難しいですが…中長期的に考えると、この年収650万円起業モデルが、仕事・子育て・プライベートと両立でき、充実度の高い「ライフスタイル一体型」の起業であると、確信しています。
――最近だとどのような方からの依頼が多いのでしょうか。
これまで見させていただいた業種ですと、イメージコンサルタント、フォトグラファー、パーソナルトレーナー、サロンオーナー、臨床発達心理士、管理栄養士、保育士、医療系専門職、NLPコーチ、Webデザイナー、キャリアコンサルタント、コピーライター、セールスコンサルタント、美容アドバイザーなど、多岐に渡ります。最近は、BtoB領域から、個人起業を目指すお客様もいらっしゃいます。
しかし、上記のような肩書きがない方ももちろんいます。そういう場合は、ゼロから強みを探していくのです。その人の経験や会社での実績、伸ばせる部分を掘り下げていって、開業の手がかりを発掘します。
――コンサルティングしたのはどのくらいの人数ですか?
半年を1クールとして、25名から最大30名を定員としています。
昨年は第二子を出産したため、自分のキャパシティを考え、例年より少ない人数で運営しています。
――サービス形態はオンラインサロンのような感じでしょうか。
万人向けのオンラインサロンや講義型ではなく、あくまで1on1サポートにこだわっています。
というのも起業をしていると、毎日のように様々な問題が起こるので(笑)
商品設計や販促PRのサポートでは足りず、例えば講座の開き方や、事前のご案内方法、決済システムの構築、メールマガジンから有料サービスの繋げ方、契約書や覚書の作成、そして時にはお客様のトラブル対応など…。またモチベーションが下がってしまった時の対処法などもお伝えしています。
そういった起業に係る問題の「寺子屋的」なサポートなので、個別対応でなければ成果は出せません。
講義型ですと、女性起業を応援する「ウーマンアップ・アカデミー」も主催しています。1クラス10名定員で、水曜日と日曜日に開講していました。(現在はコロナの影響で休止中)。
――フリーの方の活動内容は大変興味深いですね。
そうですよね。会社勤めですと、「こういう部署で、こんな業務内容をする」というのが細かく決まっているのが大多数だと思います。
私の場合、基本的にはお客様の目標達成に関するサポート全般が仕事内容です。
そういったバックサポート事業をメインとしながらも、新たなお客様に来ていただくための「販促戦略」として、アカデミーやオンライン講座などあれやこれやとやりつつ...(笑)という感じです。メインのコンサルティング業と、集客・販促を全て一人でやっているため、業務内容が多岐に渡っているように見えると思います。
――集客もサービスも、すべて自分で作っていくのでしょうか。
はい。個人事業の売上づくりの3本柱は、『一人で集客をする』、『一人で商品を作る』、『一人で営業をかけていく』ということです。商品づくり・集客・営業を一人でこなしていく必要があるのですが、人によって得手・不得手は違います。
お客様の中にはセールスや提案が苦手という方もいれば、商品作りが苦手な方もいますし、すごく良いアイデアを持っているけれども、集客が苦手だという方もいます。
――実際の年収や月収は、公開していますか。
事業収益は時々出していますね。しかし「そもそも結果論である個人収益って、参考になるのかな」と思うこともあり、詳細には公表していません。令和元年は990万円ぐらいの総事業収益で、そこにアカデミー運営や継続サポートの外注費等、諸経費もかかっているので、リアルに650万円ぐらいでした。令和2年はちょうど仕分け中ですが…コロナの影響も当然あり、どうなることでしょう(笑)
でも苦しいのは皆同じなので、淡々と進んでゆくのみだと考えています。
――本当に「650万円」なのですね。
リアルな数字ですよね(笑)。私と同じように公務員や士業の方も、イメージしやすい数字かなと。ただ、元も子もないですけど、自分が働けなくなったら終わりの世界なので…良いか悪いかは何とも言えないですけどね。
私自身、最初は1円も収入がなかったのと、公務員だったのでそもそも副業ができませんでした。経験も資格も人脈もないため、まずは自分の強みや、やりたいこと、伸ばせることを棚卸しする作業から始めました。
――スタートが大変だったのですね。
そうですね。2016年の8月に退職をして、最初はとにかく目先の収入を得るために、アルバイトを色々しました。昔やってみたかった、カフェやアパレルで働いてみたり(笑)中でも不動産事務は、パソコンを扱うことが多かったので、エクセルやワード、パワーポイントを使いこなせるようになり、起業でも役立つ貴重な経験でした。どんな経験も役に立つことを実感しています。
最初は週4日アルバイトをして、残りの3日、お休みの時に自分の商品を作り、そこに向けて集客をし、安い価格でテスト販売をしていました。最初は1000円、2000円ぐらいのものを売るところから始めました。
――Webライティング等は経験されましたか。
もともと、ブログの執筆は公務員の時からやっていて、結構いいアクセス数を出していました。
そのとき得たコツを活かして「初級文章講座」もやりました。資格はありませんでしたが、書くことが強みだとわかったので、ライティングなら何でもやります!という感じで…。最初のうちは企業のランディングページを作らせていただく経験もあり、何度も赤を入れられて、出来上がったページを見たときは、とても充実感を感じました。 「自分が製作したページを通して、モノが売れて行く過程」を目の当たりにしたのが、この時です。
そのようにして文章スキルをブラッシュアップし、のちに全国を回らせていただく女性向けのWebライティング講座が完成しました。
――大変さで言うと、スタートアップの1、2年が一番でしょうか。
その通りです(笑)むしろこの1~2年を短期的・集中的に取り組むことで、あとは自走できるようになります。ダラダラやるのではなく、いつまでにやる!と、仮でいいので期限を決めること。この「仮決め」が、実はとても大切です。たとえば起業準備をしながら、いつまでに脱サラする!など。
どんなに綿密に準備してスタートしたとしても、必ず障壁があります。
私の場合はとにかく商品販売に苦労しました。やってもやっても、提案が通らない(笑)
そしてコンサルタントは人気業種なので、周りを見渡せば実績ある、すごい方ばかり。
商品がいつまでたっても売れないことに、資金の不安もあり、頭を抱えました。
――「販売」はプロモーションやマーケティング等のことでしょうか。
はい。まさに、商品がお客様に与えるバリューを伝えるため、マーケットの中で勝てる独自性を打ち出してゆく。このプロモーションをやり続けた1年でした。やはり事前準備として、①好きなこと②得意なこと③価値観・ビジョンをすり合わせていくことが必要です。
2016年にちょうど、女性の起業第一次ブームみたいなことが起こりました。まずはそこに乗せていくため、自分には何ができるのか?好きで、強みで、社会に価値をもたらせることを、探り続けました。「じゃあやっぱり、ある程度ブログのアクセスを取って、ライティング活動を並行してだったら独立できるかな。」と考えまして。決めて実行することで、ブログのアクセスがどんどん上がり、「ぜひ教えてほしい」と周りからリクエストされました。
最初はニーズを知るところから始めたけれど、意外にそこが当たったという意味では、「運」があったかもしれないですね。
コンサル業に限った話だけでなく、心理カウンセリングやコーチングを仕事にしている方は、4年前も多かったです。起業歴が浅い段階で、同じ業種の人と真っ向勝負することに、厳しさを感じていました。
そこで、競合のやり方を少しだけシフトさせることを考えてみて。
戦略的なWebライティングとなると、男性は多く存在していましたが、、女性はあまりいない印象だったので、そこに自分のできること・力になれることを、拡張させて当てはめていきました。
テレビ局カメラマンからスタートした独自のキャリア
――ありがとうございます。現在のお仕事が興味深く深堀りしてお聞きいたしました。それでは、雲丹亀さんのキャリアについて改めて教えてください。
2007年に大学を卒業して、当時からなんとなく文章を書くことが好きな気持ちがあったので、新聞社とかマスコミ系はいろいろと受けていていました。それから某テレビ局に内定をいただいたので、そこに入社しました。 映像取材で、カメラをガッツリ持つお仕事でした。
――カメラマンをしていたということでしょうか。
そうです。報道部門でしたので、何か事件や災害があれば、大きなカメラを持ってニュースの取材に行っていました。
――途中から職種が変わることはありましたか。
ずっとカメラマンをしていました。失敗も多く、むしろ最初から最後まで失敗ばかりでしたが…(泣)上司や先輩方が、とても親身になって教えてくれました。その会社は、経験ゼロからでも専門職になれるように、新卒から組織全体でサポートする体制で迎えてくださいました。2年目はありがたいことに企画が全国放送にもなり、地方生活にも慣れ、たくさんの友人や仲間に支えられ。
全てが新しいことに囲まれた、刺激の多い生活を送れました。
けれど元がぐうたらな性格だったので、最後まで、機転を利かせて動くことができませんでした(泣)
――公務員になったきっかけを教えてください。
前職のテレビ局ではローカル放送局にいたのですが、その管轄で、市役所の人たちと仕事することが多かったです。休日のイベントは、環境局や土木局がやっていることが多く…何度もお会いするうちに、記者会見やプレスリリースなどでご挨拶する仲になりました。お花見に混ぜてもらったり(笑)
その経験の中で、やはり取材する側と、実際企画に携わる側とでは、全然違うことを肌身で感じました。
しかし、全然受かる気もなく、市役所だけいろいろ見ていながら月日が経ち…2010年に地元の市役所に合格しました。
――テレビ局から地方公務員ですか。
そうです(笑)
家族の応援を受けて応募し、3か月間は集中して勉強、なんとかギリギリで受かりました。面接試験では、環境保全の部署を希望しました。というのもテレビ局時代、よく取材していた環境保全の取り組みを、転職先でもやりたいと志望動機に書いて入庁したのですが…蓋を開けてみたら、なぜか人事課配属になりました(笑)
――そこで5年間働いたということですね。その時の仕事内容を教えてください。
採用係にいたので、採用計画から当日の試験運営まで、職員として、運営責任職のフォローに回る仕事をさせていただきました。
繁忙期は役所にこもって不夜城のように働いていましたが、横のつながりも、上下関係も暖かい部署だったので、忙しくも充実した毎日で、とても楽しい経験でした。
役所はOJTがしっかりしているので、採用試験を担当できるまで、様々な研修や訓練があります。新人のうちから、先輩職員について様々なことを教わります。そこでの実践的な対人スキル習得は、今の仕事に繋がっていると感じます。
――そのあたりが今のキャリアのコンサルタントにも繋がっているように思います。
そうですね。伝わる文章なども上司が丁寧に添削してくれますし、今思えば、そもそも日本語がおかしい文章を、根気強く添削してくださり…。ロジカルな文書スキルが身に付くよう、日々鍛錬していただきました。また人事という部署で多くの方とお会いしていると、「自分の色を出し過ぎず、相手の話を真摯に聞き、短時間で理解し共有できるか」というスキルが問われるので、とても勉強になりました。
――人事をやっている中で感じたやりがいを教えてください。
人に関わる仕事の中で、洞察力が付いたことが、貴重な経験でした。
おそらく、独立起業においては自分に対しても人に対しても、「洞察力・観察力」がある程度ないと、なかなか難しいと思います。それに加えて、ただ静かに観察すればいいだけではなく、的確かつ端的なフィードバック力が求められます。結局それって、「今、自分の目の前にいる人を、本気で理解しようと努めているか?」という姿勢につきます。 むしろ相手を理解しようとする姿勢なく、いくら起業ノウハウを積み重ねたところで、うまくいきません。
採用面接もそうですし、起業のコンサルティングも、仕事=相手ありきです。
人事では職員同士の連携も必要だったので、自ずとコミュニケーション力が高まる部署でしたし、その空気感の中にいられたことが財産です。
また、どんなことがあっても、静かにリカバリーしてくれる上司の存在は、将来わたしもこのようになりたい!という指標になりました。
――ブログコンサルティングを開始したのはいつ頃でしょうか。
退職してからは、本当に完全なる無職というか、ニートでした(笑)でも、すぐに就労しないと保育所退園になりますよ。という通知がありまして…。アルバイトを週4でしながら、最初はライターとして活動して、そこから本格的にビジネスコンサルティングをやりたいなと思ったので、経営コンサル歴が長く、信頼できるメンターに1年間師事して、今に至ります。
――役所勤めの頃から「起業したい」と考えていたのでしょうか。
いいえ、全然なかったです。そんな上昇志向のかけらもなく、金曜日になると飲みに消えていっていました(笑)。子どもができるまでは、一人でいろんなお酒飲みに行ったり、フラフラしていました。
当時、仕事は楽しくも、子育てとの両立が上手くできない時期があり。子どもは2歳で、ちょうどイヤイヤ期で。その特殊時期のつらさみたいな思いを、お昼休みでブログに書いていたら、ワーキングマザーの方からのアクセスが多くありました。「分かります」と共感があって。最初はただの、ワーキングマザーの鬱ブログ(笑)を、匿名で書いていました。 そこから、「直接話を聞いてみたいです」とか「気持ちをシェアしたいです」と言って頂くことが増え、少しずつコミュニティ化していきました。 ある時、「簡単ブログ講座をやってください」と言われたので、「無料でやりますよ~」という軽い返事で、講座を始めました。
そこから全国的にいろいろ呼んでいただき、ブログ講座を伸ばしていきました。だから全然、志高く!とかじゃなく、どちらかというと鬱ブログという、マイナス感情からのスタートですね(笑)
――何かお持ちの資格があれば教えてください。
資格は本当にありません(笑)
コンサルファーム出身で、経験の長い経営コンサルタントの方から、1年間コンサルティングの手法は学びました。でも今後のことを考えると、中小企業診断士はいずれ取りたいと考えます。質問の多い税金や申請に関する知識も、より深めていきたいです。
――学生時代の交友関係やサークル活動、アルバイトについて教えてください。
学生時代は国際交流系のサークルで、全然頼れない、名ばかりの代表(笑)をやっていました。大学があった三田のすぐ近くに日本語学校があり、そこにいる留学生と交流をするサークルでした。月1回とか月2回、その日本語学校に行って留学生と交流していて、すごく楽しかった記憶があります。というのもお酒が好きだったので、飲みに行く、飲みニケーション専門で!!
たくさんの友人ができまして(笑)
その一方でアルバイトは、いろいろ何でもやりました。塾の講師も長くやりましたし、飲食店やカラオケなど何でもやっていました。その当時は親が離婚したり、家庭状況が複雑だったので、自立したい思いは、人一倍ありました。
――大学の授業で印象に残っていることを教えてください。
大学の授業はこの歳になっても、印象に残っています。法律や政治の授業は面白かったですね。教授も奇抜な方が多くて…(笑)
こんな性格なので意外と思われますが、やはり好きで勉強していたことが功を奏し、大学の成績が人生で一番よかったです(笑)親にすら驚かれました。
そういうのは、公務員試験にも何かきっと役立ったのだろうなと思います。
――塾講師を選んだ理由を教えてください。
塾講師を選んだ理由…改めて考えると、結構今の仕事に通じるというか、文章が好きだったので国語の先生をやっていました。小学校、中学校の生徒さん向けで、1クラス30人ぐらいはいる、比較的大型の塾でしたね。
今もWebライティング講座でやっていますが、ちょっとした助詞の使い方とか、読点の打ち方とか、そういう細かなところで、伝わる文章と伝わらない文章の差が出ると感じます。例えば同じ講座のレポートでも、ちょっとした書き方や工夫により、伝わり方が違うので…改めて文章って面白いし、文字は生きているなと思いました。そう考えると、小学校で学ぶ基礎知識って大事ですね。
――そこからいろいろ繋がってきますね。
確かにそうですね。今のお仕事に繋がっています。
結局、潜在的に文章が好きみたいなところはありましたね。法律もそうなのかなと思いました。
――今までのキャリアのなかで何か印象に残っているものを教えてください。
現在、事業もやっと5年目を迎えることができ、自分の中で節目だなと感じています。大体5年続けられれば、この先しばらくは続けていけるかな?と。
個人事業主としての達成感みたいなものはあります。といっても未曽有の感染拡大が続く状況なので、明日はどうなるかわかりませんが…クライアントや家族に支えらえて、ここまで来られたことを、改めて感謝しています。
一番成し遂げたなって思えることは、完全に「資金ゼロ」、「人脈ゼロ」、「経験ゼロ」というナシナシ状態のところから、200人近いお客様をサポートして、「ライフワークを通じて、年収650万円をみんなで現実的に目指していこう!」というビジネス指標が見えた部分です。
実際にお客様も、扶養を外れる方を始め、会社や協会を設立する方、脱サラし黒字化の幅をどんどん広げている方、起業経験を活かして再びパラレルキャリアの道を選ぶ方など、収益を含めて様々な実績を出されています。私をすぐに飛び越えて売上を上げている方も、もちろんいますよ(笑)
現在はありがたいことに、ご紹介や口コミでお仕事をいただいている状態です。
女性の起業コンサルティングを一事業として、いつかまた方向転換する可能性もありますが…一定のアチーブメントみたいなものはすごく感じていています。 今後、日本は人口もどんどん減少していきますし、コロナ感染拡大は、いつ収束するかわかりません。これまで以上に、誰も先が読めない状況になっています。
以前のように、どんどん拡大し成長していこう!という価値観が衰退する中、これからのビジネスは、市場がさらに細分化され、よりマイペースなミニマル経営を目指す方向へシフトしていくと、肌感覚で感じます。
つまり、自分が存分に活きる市場だけを選定し、「これで食える」という現実的な収益を立てながら、働きがいや生きがいを見出すことが、スタンダードかつ持続可能なビジネスモデルになっていくのではないでしょうか。私自身は年収650万円モデルを提唱していますが、そこを必ず目指さずとも、「70代になった時、自分で最低月10万円は稼げる」という状態でいることが、長期的な安心・安定につながると考えています。それも、大好きな仕事で。
実際にお客様の成果を見ていると、そういうミニマル経営やひとり起業は妄想の世界ではなく、女性のリアルかつ新しいワークスタイルという点で、現実化しています。
そこは公務員から個人事業主になった自分だからこそ、より具体的に語れる部分かなと思います。
最後に…
起業する上で大切なのは、やはり売上史上主義では、続かないということです。ビジネスと一口に言っても、ふたを開ければやはり「人と人のやり取り」から、お金が生まれてゆく世界なので。
どんな人が起業で成功しやすいですか?とよく聞かれますが、答えはシンプルで、お客様のことをとことん考えられる人ですね。一つ一つの行動が、信頼貯金になることを意識して行動を重ねる。ちょっとした細やかな配慮や心がけが、いわゆる起業マインドだったり、オーナーシップだと考えます。
逆にすぐ起業で生かせる資格がなくとも、売り上げを上げていく人というのは、日常のコミュニケーションにおいても、相手から感謝されているケースが多いです。「○○さんのお陰です。」と言っていただけることが、最終的には売上や集客実績につながります。ブログ発信をたくさんすることで、お客様に来てほしい!では、何も伝わらないし、誰も救えません。
日常生活の中で、周りから感謝されることをしているか?いつの間にか自分中心となっていないか?
小さな心がけ一つが、起業の明暗を分けるかなと、自戒を込めて思います。
不安定な時代だからこそ、自分のライフワーク=生きがいを探求することが、これからの日本を明るく照らすように思います。
起業は大変ですが、これまで見たことのない景色を見られる、とても楽しい世界です。
少しでも起業への想いがある方は、ぜひ臆せず、できることから挑戦してほしいなと思っています。